GlycoStationの三大アプリケーションの一つが「再生医療における幹細胞の品質管理」であると考えました。何故ならば「糖鎖は細胞の顔」と呼ばれるくらい細胞の状態に非常に敏感であり、当時既に見つかっていた幹細胞マーカーはすべてに糖鎖抗原だったからです(Tra-1-60, Tra-1-81, SSEA-3/4)。
糖鎖に関する研究メッカは世界に幾つかあります。代表的なそれが日本の産総研と米国のCCRCです。しかし、ことレクチンアレイに関しては、産総研が世界のTOPランナーです、NEDOの糖鎖構造解析技術開発プロジェクト(SGプロジェクト)の後継として、2006年4月にはNEDOの糖鎖機能活用技術開発プロジェクト(MGプロジェクト)が走っていました。この動きの中で、レクチンアレイの応用のひとつとして幹細胞が取り上げられており、MGプロジェクトのメンバーである成育医療センターの梅澤先生らが、間葉系幹細胞を用いてその先駆的な研究を進めていました。この動きは、2007年10月に発足したNEDO先導研究(糖鎖プロファイリングによる幹細胞群の品質管理、安全評価システムの研究開発:TRプロジェクト)として発展し、2009年4月にはNEDO iPS等幹細胞産業応用技術開発プロジェクトがスタートしています。2010年4月には、産総研に幹細胞工学研究センター(センター長は浅島先生)という組織も出来上がっていました。山中先生によるiPS細胞の発明が2006年8月ですから、この偉大な発明がこれらの動きの後押しとなったことは言うまでもありません。
そして、レクチンアレイを用いた幹細胞評価を全世界の潮流とすべく、2009年7月にバルセロナで開催されたISSCR2009において、梅澤先生らの「レクチンアレイの間葉系幹細胞への応用に関する研究」が発表されました。この研究発表をサポートする形で、GPバイオサイエンスは単独でISSCR2009に展示ブースを設けてGlycoStationの再生医療分野向けの販促活動を開始しました。この年の9月には、幹細胞マーカーの世界的権威であるエジンバラ大のPeter Andrews先生を梅澤先生とともに訪問し、レクチンアレイを用いた幹細胞評価の共同研究を打診しました。
(ISSCR2009:デカい顔しすぎの説明員、説明員は立っているものだ!)
(ISSCR2009: 控えめな展示者、永富)
米国については、まずはScrippsのJeanne Loaring先生に白羽の矢を立てて販促活動を開始しました。自分がJeanneを訪問した時には、彼女の研究の主眼はiPS細胞のエピジェネティックスでありました。京大CiRAの山中先生とも既に共同研究を開始しているようでした。「あら、先週はShinyaが来てたのよ」「糖鎖って、研究してないし私は分からないけど、面白そうね、やってみるわ」って話になってポスドクを研究担当に指名してくれました。当時、ScrippsのJames Paulson先生のラボにGSR1200を貸し出してありましたので、LecChipを購入してもらって、PaulsonラボのGSR1200を使ってもらうことにしました。
(Scripps:Center for Regenerative Medicine、左下に腰かけている小川がいる)
それから少し後にJeanneを再訪問すると「Masao、すごいは、GlycoStationですべての幹細胞を一つの間違いもなく分類・同定できたよ」「直ぐに論文を書く、三カ月以内に必ず書く」って興奮し切った様子で話してくれました。評価したiPS細胞の中には、京大CiRAで樹立した株も含まれていました。つまりScrippsと京大CiRAの共同研究だったわけです。自分もうれしくなって帰国したのですが、それから三カ月後、Jeanneから予想だにしない「怒りのメールと電話」が来たのです。
「Masao、論文をCellに投稿したら、似たような論文が既にあるからRejectする、って言われた」「どうなってんのよ、他にも同じようなことをやらせてるんなら、先に言いなさいよ」頭から湯気が出ているのが見える様でした。CiRAからも同じようなクレームを受ける羽目になりました。
「え?だって最初に訪問してGlycoStationの話を説明したときには、ISSCR2009のポスター発表を使ったし、他に同じようなことをやってるところがあるのは分かってたはずでしょ」って口から出そうになったのですが「火に油を注いでしまうので」グッとこらえました。不味かったのは、Jeanneの論文に対する先行論文に自分の名前が入っていたことです。自分の名前が著者に無ければ、「え?そんな論文が投稿されてたなんて、自分は全く知りませんでした」ととぼけられます。
その論文は、「Lectin microarray analysis of pluripotent and multipotent stem cells」です。成育医療センターと産総研の共同執筆論文でした。そして、著者の中に山田と小川が含まれていたのです。この論文が出版されたのは2011年1月のことです。恐らく、論文を投稿したのは少しの時間差だったろうと思います。査読者がJeanneとShinyaの論文をRejectしたというのは行き過ぎのように思います。ノーベル賞競争でも、論文投稿の時間差で敗北したっていう話は山ほどあります。論文が誤ってるならまだしも、Rejectはやりすぎだと思います。だってとても素晴らしい論文だったのですから。その背景には、研究者間の競争が強く働いていたような気が自分にはします(あくまで自分の想像です)。
Jeanneらの論文は、それから遅れて2011年6月にランクの少し下がったOpenジャーナルから出版されました。
その論文は「Possible linkages between the inner and outer cellular states of human induced pluripotent stem cells」 であり、Scrippsと京大CiRAとの共同研究になっていました。
このドタバタ騒ぎのお蔭で、購入して貰えるはずだったGSR1200は、Scrippsから追い出されてしまい、CiRAの参入障壁もアイガー北壁のようになってしまいました。日本のiPSを中心とする幹細胞研究の予算は、益々CiRAへの一極集中が強まる傾向を示していましたから、GlycoStationの再生医療分野への参入はこれによって息の根を止められたも同然でした。なんて運命って皮肉なんだ!